故・火野正平さんの訃報が11月20日に発表され、昭和の色男として知られる彼の人生が振り返られています。火野さんは1949年に生まれ、1967年から芸能界で活動を開始しました。本名は二平高一で、特に1970年代から80年代にかけてその魅力で多くのファンを魅了しました。彼の女性遍歴は「11股」とも言われ、当時の芸能界において多くの話題を呼びましたが、彼の魅力は単なるプレイボーイとしてのイメージにとどまりませんでした。
火野さんは、結婚生活や女性関係について複雑な状況を抱えていました。1971年に初婚を果たし、一女をもうけましたが、1973年には別居。しかし、正式な離婚には至らず、その後も戸籍上の婚姻関係は続いていました。彼はこの状況について「連絡もない遠い人宇宙の人」と語り、昭和の結婚制度の複雑さを浮き彫りにしました。
また、彼の女性たちからの評価は意外にも高く、彼との関係に対して悪口を言うことはなかったと証言されています。火野さんの魅力は、ただの肉体的なものではなく、深い人間愛にあったと、多くの人々が彼を称賛しています。
晩年の彼は、NHKの「日本自転車旅」で新たなファン層を開拓し、優しい人柄を視聴者にアピールしました。その生き方は、昭和の時代を象徴するものであり、今もその魅力は語り継がれています。火野正平さんの作品と共に、彼の人間性は永遠に私たちの心に残ることでしょう。