2018年に千葉県の柏市立柏高校で吹奏楽部に所属する男子生徒が自ら命を絶った。2022年、市の調査検証委員会は自死の原因について、部活動の「長時間練習」などが背景にあったとする報告書をまとめた。
【図】ゆるいイメージもある「文化部」の実態は
遺族らはこれまで、文科省に対し、柏市教育委員会への指導や国の「部活動ガイドライン」の周知徹底を求めてきた。
しかし、柏高校などでは部活動の長時間練習が今も続けられているとして、遺族らは3月26日、日本弁護士連合会(日弁連)に人権救済申し立てを行い、都内で会見を開いた。
一方の柏市教育委員会は、筆者の取材に「来年度には、部活のあり方を検討する方向」と回答した。(渋井哲也)
月平均“192時間30分”もの練習時間が影響…
男子生徒が亡くなった問題を受けて、2019年11月に「市いじめ重大事態調査検証委員会」が設置され、文科省の指針に基づき、詳細調査が行われた。
2022年3月に報告書が公表され、文化庁のガイドラインの基準(※)からかけ離れた長時間練習の影響が認められた。
男子生徒が亡くなった2018年、春から夏にかけての吹奏楽部の練習時間は月平均192時間30分で、授業時間を合わせた総拘束時間は346時間30分にもおよんでいた。
※文化庁「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」では、〈1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う〉との基準が定められていた。
いまだに「国のガイドラインに反している」部活動も?
26日、会見を行った遺族代理人の関哉直人弁護士は「国のガイドラインは当然、全国で順守するように言われていたにもかかわらず、(男子生徒が亡くなった)当時、柏高校ではガイドラインの規定よりも長い時間、練習が行われ、休養日も不足していた」と改めて問題点をあげた。
柏高校には当時、部活動の活動時間や休養日の取り決めはなかった。
文化庁とスポーツ庁は、2022年に新ガイドライン(学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン)を公表。改めて、平日の部活動の練習時間は「長くても2時間程度」、休日は「長くても3時間程度」を基準とする旨を周知した。
しかし柏市では各校“独自の方針”が認められており、柏高校も、平日は「原則3時間以内」、週休日と休日は「6時間以内」とし、いまだに「国のガイドラインに反している」(関哉弁護士)。
関哉弁護士は「柏市とは面談も行っている」と明かした上で、こう続ける。
「現場がガイドラインを受け入れていない状態だ。ガイドラインに反して部活を行う地域があっても、子どもの心身に地域差はない。生徒が亡くなったとき、誰が責任を取るのか」
生徒と教師を疲弊させている「長時間部活」
同代理人の児玉勇二弁護士は「長時間労働」ならぬ「長時間部活」が生徒と教師を疲弊させている現状を指摘する。
「部活動の顧問をしたことで過労死した教師も出ており、社会問題になっている。特に、吹奏楽部は各地で長時間部活として名指しされている」
さらに児玉弁護士は、検証委員会の調査報告書について「長時間部活の問題点を指摘した、大変貴重な報告書」と評価し、各校が独自で方針を決めている柏市の状態に苦言を呈した。
亡くなった男子生徒の父親も「柏市は調査報告書の提言をまったく無視している」と憤る。
「柏高校のホームページを見ると、吹奏楽部は地元の祭りや市主催のイベント、海上自衛隊の航空祭、地元のマラソン大会など多くのイベントに参加しており、私の子どもが生きていた頃と活動内容がほぼ変わっていない。市や学校の関係者らは子どもたちの成長やその後の将来を考慮していないのではないか。
私の子どもは、吹奏楽部の練習量が過多で、学業がおろそかになった。練習時間や大会の本番にぶつかるという理由で、検定試験も受験させてもらえず、専門学校や大学の説明会にも参加できなかった。『大会を優先する』という論理で、普通の高校生らしい学生生活ができない状態だった。
他の生徒への長時間部活の影響はわからないが、退部している生徒も相当数いると聞く」
続けて児玉弁護士も、「生徒が亡くなった直後に実施されたアンケートでは、『このような事案が起きるだろうと思っていた』とする教師からの回答もあった」と報告。
「長時間部活で生徒たちが心身ともに疲弊し、誰かが犠牲になると感じている大人がいたにもかかわらず、誰も長時間部活を止められなかった」(児玉弁護士)と指摘し、本件は「長時間部活」問題の氷山の一角であることを示唆した。
柏市「来年度には」部活動のあり方検討
一方の柏市教育委員会は、筆者の取材に対し、次のように話した。
「2023年度に新ガイドラインがスタートし、文科省から話があった。3年を目安として(現在の方針を)検証し、見極めることにしている。来年度には、学校に検討委員会を、教育委員会の中にワーキンググループをつくり、活動時間や休養日のことだけでなく、部活動のあり方について考える方向で検討している。遺族にも寄り添い、申し入れがあれば面談をしていきたい」
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件、教育問題など。